home  ›› mindshooting essays  ›› what's cool life!?  ›› 0001

MINDSHOOTING ESSAYS -What's Cool Life!?-

バックナンバー 0002

●○●第2号●○●

 

あるところに六人の男性がいました。全員が三十歳独身です。

鈴木さんは、
とても裕福な家庭に育ち、
父親が経営する会社に次期社長候補として入社して、はるか人並み以上の自分の収入もありながら、いまだに親がかりで自宅で生活する最近増加中のパラサイトシングル、
経済的には何らの不自由もない日々を過ごしています。

加藤さんは、
育った家庭は貧しかったのですが、
人の何倍も努力をして、自分の代だけで大きな財を成し、
現在は経済的に何らの不自由もない日々を過ごしています。

伊藤さんは、
ごく一般的平均的な家庭に育ちましたが、
自分の才能や能力には自信があって、上昇指向が強く、常に努力を怠らないのですがなかなかうまくいかず、
節約は必要ですが生活していくには不自由はない日々を過ごしています。

斉藤さんは、
ごく一般的平均的な家庭に育ち、
仕事は生活の糧を得る為だけのものと割り切って、自分の趣味を大切にしながら、
節約は必要ですが生活していくには不自由はない日々を過ごしています。

高橋さんは、
とても貧しい家庭に育ち、
貧しさから何とか脱却したいと様々な努力をしていますが、何をやってもうまくいかず、
日々の生活にも事欠いています。

吉田さんは、
とても貧しい家庭に育ちましたが、
貧しさをさほど苦に感じたこともなく、特に不満も感じていません。のんびり楽しくマイペースで暮らしていますが、
日々の生活には事欠いています。

さて、どの人が最も「COOL=格好いい」でしょうか。

 

以上は創刊号からの抜粋です。

 

鈴木さんがさらに加えて、とてもおおらかな人あたりのいい性格でどんな人に対しても分け隔てなく接し、自らが有するカネやモノにもこだわらず、ナイスルッキングでファッションセンスも抜群、そのうえ頭脳も明晰で趣味も多いなどという人だったとしたら、多くの人は鈴木さんが最もクールだと感じることでしょう。

この鈴木さんの条件をそのまま加藤さんにあてはめたとしたら、自らの努力で現在の立場を築いた加藤さんをいまだに親がかりの鈴木さんよりもクールであると、別の多くの人は感じるかもしれません。

あるいは、この同じ条件を伊藤さんをはじめ他の四名にあてはめたとして、逆に鈴木さんが金持ちにありがちな特権意識や排他意識に支配されている人で、また加藤さんはこれまでに多くの人達との競争に打ち勝って今日の立場を築き上げたために競争心や猜疑心が強い人で、二人とも地味でとっつきにくい性格、カネやモノへの強い執着心や独占欲に支配されて常に損得勘定で他人を選別する、着るものにも無頓着なチビデブハゲであったとしたら、クールな順序は逆転してしまうことでしょう。

鈴木さんや加藤さんの会社が倒産し、例えば伊藤さんの努力が報われり、また高橋さんに宝くじが当たるなどということで、明日はすっかりと立場が入れ替わってしまっていたとしたらなおさらのことで、実際にそんなことが起こったとしても何の不思議もないのが今の世の中です。

 

読者の皆さんは、この六名をどうご覧になりますか。別にお金持ちなのが誰であろうと、また誰がナイスルッキングであろうと、どうであってもよいこととお感じになられる方がほとんどなのではないでしょうか。これが、私達自身を見る私達を取り巻く人達のごく一般的な意識です。私達が裕福であるか否か、あるいは性格や外見がどうであるかなどということは、本来クールさの判断基準の一つにはなりえたとしても、絶対的な判断基準にはなりえないのです。

また、この六名のような人達は実際に世間にたくさんいますし、私達自身もこの六名の誰かに似てはいないでしょうか。ややもすると私達は、お互いに第三者にしてみればどうでもいいような次元の無意味な競争に明け暮れ、他人を損得勘定で選別したり、猜疑心にとらわれて判断してしまったりしがちなのではないでしょうか。

 

昨今の世知辛い世の中では、どうしても相対的な価値基準に振り回されがちですが、私達一人一人がまずは私達自身を、そして私達を取り巻く人や環境に対しての本質的価値基準を正確に理解認識することができれば、私達の社会をより豊かさやゆとりや希望や可能性で、そして何よりも愛と平和で満たしていけるはずなのです。これからのWhat's Cool Life!?の連載エッセイでは、本質的価値基準により一つ一つの事象を具体的に考察していきたいと考えています。

 

 →第3号へ

 

………………………………………………………………………………………………………………

<<EPISODE>>

 ▼Series (1)  〜POPOの周りの懲りない面々〜
  >file #1-1 No Kidding, My Friend!

………………………………………………………………………………………………………………

「おいおい、おまえあんまりふざけんじゃあねえぞ」というのが彼に会うと私がいつも感じる率直な気持ちなのですが、私自身もふざけた生き方をしている一人であることも否定はできず、類は友を呼ぶのでしょうか、私のまわりには実にふざけたおもしろおかしく暮らしている連中が大勢います。このシリーズ〜POPOの周りの懲りない面々〜では、こうした私の悪友達を一人ずつ紹介していきます。

 

まずは今回、中でも特にふざけた男“さすらいのギャンブラー”の話から。

 

彼とは私がまだ大学生だった頃、ビルの窓拭きのアルバイトをしていた時の仕事仲間として知り合いました。仕事仲間の和気藹々とした輪からは一人いつも距離を置いて、ほとんど自分からは口も開かず、ただ黙々と最低限の仕事をこなしてさっさと帰ってしまう彼は、完全に仲間から浮き上がってはいましたが、やるべきことはきちんとやってのことなので、班長以下誰も文句を言う者もありませんでした。

私は何故か昔から嫌われ者に好かれる要素があるようで、きっかけはもう忘れてしまいましたが、彼ともいつしか馬が合うようになり、一緒に酒を飲んでは彼の部屋に泊まって、一緒に二日酔いのまま早朝からの窓拭きの仕事に出かけたりするようになりました。

彼は歳は私より二つ上だったのですが、某有名国立大学を三ヶ月で中退してしまい、昼間は私と同じ窓拭きの仕事をし、そのまま夕方からとあるピアノバーでボーイをして、さらに夜はマンションの管理人と、休みもほとんどとらないような働き詰めの生活をしていました。それでも夜の管理人の仕事というのは、ただそこにいて深夜と早朝の巡回をするのみで日勤に引き継ぐだけ、実際には巡回もしなければ、その管理人室が彼の住居でもあったので、支出は切り詰めた食事代くらいのもので、彼は合計月50万円を超えるようなアルバイト収入のほとんどをこつこつと貯金に回していました。

 

どうしてそんなに働いているのか私が尋ねると、彼は真面目な顔で、「ラスベガスにわたってギャンブラーとして生きていくための資金をためているんだ」と言っていました。もう一つ当時の彼の弁で印象に残っているのは、「僕のこれまでの人生と今の存在はかりそめのもので、僕は近くすべてを精算して僕を誰も知らない所に行って人生をやり直すんだ」ということです。

彼が考案したという最終的に負ける可能性が限り無くゼロに近い賭け方を私も彼から聞いたのですが、その時はなるほどと思った記憶はあるものの、内容の詳細はほとんど忘れてしまいました。それはルーレットで、一度でも勝ったらその時点でその日は切り上げること、負けたら二度目は初回の損を回収するために二倍の金額を、もし二度目も負けたとしたら三度目は初回の四倍の金額というように、回数を重ねるごとに倍々で賭けていき、それも一度でも勝った時点でその日は切り上げるといったようなことで、彼の計算では考えうる最高に負け続けた場合を想定すると、掛け金として500万円弱の金額だったように記憶していますが、それだけの資金が手元にあれば、増えることはあっても減ることはあり得ないといったような理論でした。

私は彼のそんな話をほとんど本気にしてはいなかったのですが、それからしばらくして、彼はそれまでの弁のとおり本当に500万円の資金を携えて渡米してしまいました。それ以来彼は一度も帰国しておらず、もう日本人としての国籍もなくしてしまいました。そして嘘のような本当の話なのですが、渡米以来彼はその彼の理論をもとにしてラスベガスで財を成し、今や世界各国に別荘を持ち、大型クルーザーを数隻所有し、いつも異なる数名の美女達とのハーレム状態で世界中を航海して暮らしています。

彼は親兄弟とも渡米時に絶縁しており、日本人としての自分自身を抹殺してしまったため、私は元日本人としての彼の消息を知る唯一人の存在ということになります。私も数年に一度程度しか交流はありませんが、彼にとって世界に日本という国は存在していないため、彼と落ち合うところはいつも海外になります。事前に連絡を入れておきさえすれば、海に面していてカジノのある国であれば、彼は世界のどこであってもクルーザーでやってきます。一年の多くを洋上で過ごす彼は、骨まで日焼けしているのではないかと思えてしまうほど真っ黒で、日本人としての面影はもはやどこにもありません。

 

ご存じの方も多いと思いますが、彼はいわゆるPT:Permanent Travelerに近い生活をしています。日本語にすれば終身旅行者、つまり海外の無税あるいは税率が低い国に住居や会社を持って、各国を旅行者として行き来しながら生活する人のことです。もとはヨーロッパの自国の高い税率を逃れるために富裕層の人達が考え出した究極の節税スキームなのですが、彼の真の意味での終身旅行者としてのライフスタイルは、そうしたPTの人達のそれともまた次元を異にしています。
(PTとしての彼の独創的な資産運用の実際については、やはり私の友人の一人で典型的なPTの一人である国際私立探偵の女性のケースと併せて、近く姉妹紙"What's Cool Business!?"にて紹介する予定ですので、興味をお持ちの方はそちらをご覧ください。)

 

最初の渡米時から世界を旅してまわるさすらいのギャンブラーとして生まれ変わった彼は、政治や経済、文化や慣習といったあらゆる束縛から解き放たれ、真の自由を謳歌しながらおもしろおかしく暮らしています。極論やろうと決心さえすれば、どんな価値観を持ってのどんな生活とて可能になるという好例として彼のライフスタイルを観察していると、実に多くを学びとることができますし、何か困難にぶつかると私が時折想い出す太陽の光をいっぱいに浴びてクルーザーデッキから釣り竿を垂れる彼の真っ黒な背中と、「ちっちゃいね」と「たいしたことないよ」という二つの彼の口癖は、すべてがいかに小さな悩みや問題であるのかに気付かせてくれ、そして勇気付けてもくれます。私がどんな生き方をしようとも、彼には及ばないだろうと素直に認めてしまえるようになってからは、私はとても楽に生きられるようになりました。

 

 →第3号 ▼Series (2)  〜日常の風景〜
       >file #1-1 サウナにおける人間図鑑 へ

 

CoolShot #2 / 2000.06.20
Title / My Vanishing Footmark

‹‹ prev next ››