DAILY SHORT COLUMNS - Daily Business -

 
2002.12.31

番外(Business & Life共通)

2002年ももう今日で終わりですね。

今年もまた色々なことがありました。

このDAILY SHORT COLUMNSにお付き合いいただき、ありがとうございました。来年以降も営々と続けてまいりますので、引き続きよろしくお願いをいたします。

皆さん、素敵な新年をお迎えくださいませ。

POPO


2002.12.21

代理母斡旋のコミッション Vol.22

本来経済が永続的に成長し続けることなどありえないことなのです。どうしてなのでしょうか、まあ言わずと知れたことですが、それを公言する政治家や官僚あるいは経済人はほとんど見受けられませんし、いつまで私達は永続的な経済成長などという幻想を追い求め続けていこうとするのでしょうか。

もうそろそろ私達の多くが認識し始めている本質から目を逸らさずに、自らの生を自ら救うサイクルに転換していかない限りは、気付いた時にはもう手遅れ、経済は破綻し、政情は混乱し、世界はもちろんのことアジアの劣等国として見る影もない弱小国家に成り下がってしまっていることでしょう。

これ以上膨らませればはじけてしまいそうな風船から少しずつ空気を抜いていくように、成長しきった経済を適正な水準にまで縮小し、物価を国際的な水準で安定させ、その基準においても成立しうる新しい経済のシステムを構築していかねばなりません。

私達日本人は、四方を海で囲まれた閉鎖された島国としてー般国民レベルでの諸外国との交流に乏しく、特に戦後の働けば豊かになる高度経済成長社会において日々思考力や判断力を鈍化させ、これまでは効力を発揮してきた既得権者達が築き上げてきた体制の擁護に迎合従属することに慣れて疑問すら抱かない温室の中で長年暮らしてきてしまったのですし、そんな私達が今後支払うべき代償はことのほか大きいのです。(続く)


2002.12.18

代理母斡旋のコミッション Vol.21

そもそもODAのような無償資金供与や様々なボランティア活動の存在自体に対して、私は懐疑的なスタンスをとっています。もちろんそうしたすべての活動の在り様に否定的なわけではありませんが、自らの利益のみを追求するという悲しい一般的な人としての在り様を目にする度に、こうした無償の活動を国際交流のスタンダーズとしてしまっていること自体に無理があると思うのです。

元々無理のある奇麗事や絵空事のスタンスから脱却して、そろそろ実効的な企業の収益活動としてのスタンスによる幅広い密接な国際交流の段階に移行していくべき時だと私は考えています。

まずは家族から、会社、地域社会、そして国家という限定された枠組みの中でしか発想しようとせず、自らの立場や利益を擁護しようとする発想しか持てずにいることが、様々な国際社会問題を増殖させることはあっても解消にはつながっていかない根本的な要因であるといえます。

私達の国に代表される世界の先進諸国における昨今の共通課題は、国際的経済成長低迷とデフレスパイラルから如何に脱却していくかということです。高度経済成長期に適合していた過ぎ去りし時代の方法論は、もはやこれからの経済の成熟の時代には通用しません。過去の前例や検証の上に成立している学問をベースにした机上論者達に政策を依存すること自体が不毛なのです。何故なら、少なくとも先進諸国においては、人類の歴史における前例のない国際的繁栄の時代を迎えているからに他なりません。(続く)


2002.12.12

たかがパソコン、されどパソコンVol.23(Business & Life共通)

・・・とPDAでは普段手書き入力アプリケーションを使用していると記述しました。このアプリケーションの影響による:現象だと思うのですが、ここ数日一段とテキストへの変換能力が落ちてきてしまったばかりでなく、スタイラス(付属のPDAを操作するためのペンのことです)の認識位置がずれてきてしまい、もはや我慢の許容限度を超えてしまいました。

デジタイザー(認識位置の補正機能)の調整やPDAの強制リセットなどをして状況は元通り程度には回復したのですが、やはりこの手書き入力アプリケーションをあきらめて削除しないかぎりは、購入時の認識水準には戻せないように思われます。

今私はこれを取引先との打ち合わせの間の待ち時間に、デスクで携帯用の折り畳みキーボードのローマ字入力により書いているのですが、普段のパソコンのかな入力に比べると倍以上の時間を要するだけでなく、相応のストレスを感じてしまいます。

私はトータルビジネスサポート業務の一環として、時々クライアントのコンピューティング環境改善のお手伝いをするのですが、いつも困ってしまうのは、キーボードが全く扱えない、あるいは文書をモニターで見られない(プリントアウトしないと画面を見ていても何も頭に入らない)というどのクライアントにも大抵存在する人達なのです。しかし考えてみれば、広く一般的に浸透しているローマ字入力が馴染めない私も同じ次元にいるのかもしれません。(続く)


2002.12.08

代理母斡旋のコミッション Vol.20

ODAがダムや発電所、水道・電気・ガス、通信などといったインフラに供与される場合も同様です。

結局潤うのは、被供与国の議員や官僚、ゼネコンなどという既得権層と彼等に従属する特定の人々だけですし、日々の暮らしにも事欠くような一般国民の生活水準の向上にはなかなかつながってはいきません。

いずれにせよ、ただODAを供与するだけでは、ほとんどその実効性など期待できようはずもありません。私達の税金を有効に使うためには、ODAの被供与国と協調しつつ、企画立案段階から案件の実行、そして日常と将来への発展的活用の段階まで、一環して私達自ら推進していくくらいの気概が必要なのです。

何より私達国民がしっかりと監視していきつつ、有能な責任感のある官僚を中心に、民間のアナリストやスペシャリスト達を加えて、まずは案件立案と推進管理をしていくチームの強化が必要です。そこに各種NPO(NonProfit Organization=民間非営利組織)を連携させるとか、一定規模以上の企業経済的かつ人的協力を義務付ける法制化をすることも有効な一案だと思います。

今後破綻必至の高齢化社会を迎える私達の国の高齢者や希望者を海外に移住させることや、景気低迷期の余剰労働力を海外に振り向けるといったようなドラマティックかつドラスティックな方策も、これからのグローバル社会では徐々に一般化していくことでしょう。(続く)


2002.12.05

代理母斡旋のコミッション Vol.19

ODAも、そうした私達の税金が浪費され活用されていない典型的なー例です。

公共投資の地域社会への貢献などという大題目と同様に、発展途上国への援助、ひいては国際社会への貢献などという大義名分がありますし、もちろんそのすべてが無駄だというわけではありません。しかし、ODAの性格上、また供与の構造上の問題から、供与される金銭や物資がなかなかに本当に必要なところまで届かない、正確には届くまでに相当に目減りしてしまうことが最大の問題点であるといえます。

何よりボランティア活動を体の良い事業としているに等しいような組織を通しても、その組織の運営維持費や人件費などの相当分の経費が飛んでしまいます。

また被供与国側でも、その窓口となる議員や組織を通すうちに、彼等既得権者達が自分達にとって充分なだけの上前をはねてから、良くても搾取され利用される一般国民に届くわけですし、悪ければまったく届くことはないのです。

このところ北朝鮮関連のニュースがマスコミを賑わせていますが、何も北朝鮮に限ったことではなく、程度の違いはあるにせよ、どの発展途上国においても大同小異であることは否定できません。(続く)


2002.12.02


代理母斡旋のコミッション Vol.18

世界は広く様々な価値観とそれらに基づく様々な社会体制が存在しています。税制について言えば、税制自体が存在しない国も少なからず存在していますし、税制が存在しないどころか、某石油産出国を例にとれば、石油を諸外国に輸出して生まれる収益により、豪華なメイド付きの住居と充分すぎる生活費までもが支給されるという、労働の概念すらもないような国すら存在するのです。

ある国の常識は他国の非常識であることは当然として、他国の常識を取り入れるべきだと主張したいわけではありません。しかし、私達の国の常識は、一部の既得権者を擁護するためだけに形成されており、不公正かつ不公平の極みとも言うべきその本質的在り様に対して、私達一般国民が今こそ立ち上がるべき時なのです。

そのために、私達の一人一人が現状の社会や組織に依存従属するサイクルから脱却し、自己の尊厳の確立と自立へのサイクルに移行していくことが不可欠であることは、Daily Short Columns上でも繰り返し言及してきているとおりです。私達が自らの頭で考え、発言し、行動し、そして自らの存在と言動に対して責任を持とうとする気運が広く高まらない限りは、決してこの既得権者の立場と権利を擁護するための高度な完成度を誇る現状の社会構造を打破していくことなど、決してできようはずもないのです。(続く)